あの時、もしトラックに飛び乗っていたなら、ぼくは

あの時、もしトラックに飛び乗っていたなら、ぼくは

LIFE

中学三年の夏。ぼくは学校に行くことができなかった。

親に対しても反抗的だったぼくは、ある日どうしても許せないことがあって母と喧嘩し、行くあても無いのに家を飛び出してしまった。

自転車に乗って盛岡市内大通りを抜け、八幡神社の横を突っ切って茶畑交差点から国道106号線を東へ、東へ、東へ……。

着いたのは川目町の工場地帯。

鑪山(たたらやま)からの風が、ごうっと吹き抜ける。
鬱蒼と茂る木々がザワザワと揺れるのが不気味で、ぼくは簗川(やながわ)にかかる橋のたまとにもぐりこんだ。

緑

携帯電話を取り出し、近くに住む友人の佐々木にメールを送る。
腹が立つことがあって家出してきたから話を聞いてほしいと伝えた。

そう、ぼくは佐々木に話を聞いてもらうためだけに自宅から10キロ近くも自転車を走らせてきたのだ。
しかも出て来ざるをえないように着いてから連絡するという悪質さ。ひどい。ほとんどストーカーのやり口だ。

分かってはいたのだけど、そうまでしてもぼくは佐々木に話を聞いてほしかった。あっちがどう思っていたのかは知らないけれど、当時のぼくにとって佐々木は心から尊敬できる一番の友達だったから。

ぼくが知っている佐々木は、おおらかで小さなことを気にせず、いつもよく笑っていて、みんなに優しくて、くよくよ考えてばかりの自分がみっともなく思えるほど突き抜けていた。ぼくとは全く正反対だった。

そんな佐々木だから、ぼくの突然の呼び出しにも応えてくれたし、ひと通り話を聞いてなぐさめてくれたのだと思う。

どうしても帰りたくないと駄々をこねるぼくに「じゃあ二人で逃げよう。そこの道たくさんトラック走るからさ。ヒッチハイクして遠くに行こうよ」なんて無茶な提案もしてくれた。

ぼくはその提案が嬉しくて、心底ドキドキした。
いつか佐々木が貸してくれた桜井亜美の小説みたいに、その言葉はぼくにとってとてもカラフルで刹那的だった。

今ならぼくを家に帰らせるためにわざと嗾けたのだと理解できる。でも当時はまだ今ほど賢くなかったし、かと言ってその提案に乗れるほどの勇気もなかった。

話を聞いてもらえて気持ちが落ち着いたのもあって、ゴニョゴニョと「いや、さすがにそれは……」なんてつまらない言い訳をしつつ、ぼくは佐々木に手を振って帰り道を歩き出した。

橋のたもと

大した出来ごとではないのだけれど、ぼくは夏が来るたびにこの時のことを思い出す。

そして、失われたもう一つの未来を想像して少し寂しい気持ちになる。

もしあの時、佐々木と「遠く」に行くことを選んでいたら今のぼくはどうなっていたんだろう。

中学生二人で何かできるわけじゃないから、おそらくすぐに補導されて実家に送り返されていたのだろうけど……。
それでも、きっと、その経験がぼくを違う人間に作り変えていたんじゃないだろうか。

何かが起こったかもしれないし、何も起こらなかったかもしれない。
いくら後悔しても溶けたアイスクリームが元に戻ることはないのだ。

それでも思う。

あの時、もしトラックに飛び乗っていたなら、ぼくは──。