むき出しの多面体と映画「スリー・ビルボード」

むき出しの多面体と映画「スリー・ビルボード」

MOVIE

人の人格や心のあり模様を語る時に、よく「人間は多面体だ」なんていう言い回しが使われることがあります。

一人の人間にも色々な面があるのだから、その一部分だけを見て人格を判断してはいけないよ……みたいな話の中で出てくるキーワードです。

みなさんどうですか? そうだなーって思いますか? ぼくはそうだなーって思います。頭では理解できます。でも心が追いつかない! 人間の多面体っぽい様子を目の当たりにすると、二日酔いでジェットコースターに乗った時みたいにクラクラしてしまいます。

自分だって多面体っぽい部分があるのにも関わらず、それを完全に棚上げしてグロテスクだなと思ってしまうのです……。つらい……。

むき出しの多面体に慣れない

例えば、誰かの悪口を一生懸命言っていた人が、青空を見上げて清々しい顔をしていてたりすると混乱してしまいます。

あとは、ワイドショーを賑わせている女性に対して Twitter で「テレビ着けたらブス。どうでもいいからブスが騒ぐな」とツイートしていたアカウントがウェディングドレス姿の女性との写真と一緒に「最高の結婚式でした。いろいろ昔のこと思い出して泣いた。幸せになってね!」なんて言っていたりするとかなりしんどい。

満員電車とかで冷たい目をしながらグイグイ押してくる人のヘッドホンから斉藤和義の声で「優しくなりーたいー♪」って聞こえてくるとかそういうやつもきつい。感情がつかめなさすぎて気持ち悪くなってしまうのです。

もちろんぼくだって、苦手な人のことを妻に愚痴りつつ当人とは笑顔で接する、みたいなことは当たり前にありますよ。ありますけど、その表裏を同時に見せることはない! ……たぶん。

だからとにかく、以上のようなむき出しの人格的矛盾に慣れない。慣れないだけで、それが普通のことなんだってのは分かるんです。ただ、本当に、とにかく慣れない。できたら矛盾を隠してほしい! 良い方でも悪い方でもいいから(できれば悪い方を)一方は隠しててくれ! と思ってしまう。

でも、だからこそ許される

そんな風に思うと同時に少し安心したりもするんですよね。

ああ、やっぱり完璧な人間なんていないんだなって。

みんな変なところがあって、弱いから誰かを傷つけて、それでも何かに感動したり、優しくなれたりして、そんな風に毎日を過ごしているんだなって。

ぼくの中にあるドロッとした黒い部分を封印しなくとも、誰かに優しくしたり、ヘラヘラと笑っていたとしてもきっと許されるんだなと思えるのです。

そして、ごく稀に現れる、奇跡みたいに心の底から優しい人のことを特別な存在にしてくれるんですよね。たまに居ますよね、天使みたいな人。あの天使たちは一体どういう人生送っているのだろう……。

……と、いうようなことを映画「スリー・ビルボード」を観て思いました。

これ、なんとなく書き始めてなんだかいろいろ吐露しちゃったけど、違うんです。映画の話をしようと思ってたんです。

劇場で見逃してつい最近レンタルショップで借りてきたのですが、予想通り最高でした。映画館で観れば良かった! 面白かった!!

北野映画っぽさのある不良警官役のサム・ロックウェルが特に好き。誰かを怒りのままにぶん殴っても、ぶん殴ったやつの優しさに泣けることもある。あって良し! クラクラしてちょっと具合悪くなるけど、まあ、良し……!

暴力的に心を動かすエンターテイメント映画です。未鑑賞の方はぜひ。

スリー・ビルボード
スリー・ビルボード
Prime Video
2,500円